探偵物語

先日とある事情から関西の「なにがし探偵社」(仮名)の依頼を受け、
探偵の下請け仕事をすることになった。
栃木県に住んでいるという一人の女性を探しているらしい。

住所はわかっているが、私も生粋の栃木人とはいえ一度も訪れたことのない町だ。
まあ、場所は交番で聞けば教えてくれるだろう。
でも世帯主ではないからその家に本当にその女性がすんでいるかどうかは、わからないわけだ。
表札に書いてあればいいけれど、最近はそういう家は少ない。
近所の人にでも聞き込みする必要がありそうだぞ。
怪しまれずに家の人の名前を聞き出すには、どう言えばいいのだろう?
いきなり行って「お隣は○○子さんですよね?」でもいいかもしれないけど、探偵としてもうちょっと
スマートにやりたいもんだ。それにできればその女性が関西出身であることを聞き出したかった。

…そう!探偵といえば変装!身分を偽る!これをやってみたかったんだ。
色々考えたが、名刺も出さずに信じてもらえる職業といったら運送屋ぐらいしか
思いつかなかったので、私は運送屋になることにした。
荷物を届けると言えば誰も怪しまないだろう。

念のためにウエットティッシュの箱(使いかけ)を紙でつつんでダミーの荷物を作り上げた。
イザとなったらこの荷物をおもむろに取り出す(予定)!
ムード作りのため、私はこのティッシュを拳銃と見立てることにした。

俺にこれを使わせるなよ…。

偽名は「工藤」も捨てがたいが、「フィリップ」で行くことにする。(←使う機会ないだろ…)


下ごしらえは済んだ。ハードボイルドな探偵小説のはじまりだ!
さっそく愛車W650で目的地「K」に向かう!
こんなど田舎でバイク便かよ!
いやいや、近くまではバイクで行って、徒歩で探すのがいいだろう。
設定は、大型車で荷物を届けに来たけれども、迷って徒歩で探しはじめた、ということにした。
運送屋ではトレンチコートは着れないが、いたしかたない。寒いのでスキーウェアを着用。
う~ん、どっからどう見てもハードボイルドな運送屋にしか見えん!

一時間ほどバイクを走らせると目的地付近に到着した。
バイクをスーパーに止めて、歩いて駅に向かう。
駅はすぐみつかったが交番を探すのに苦労した。
普通、駅の前にあるもんじゃないん?なんでこんな遠くにあるん??

交番探しに30分も費やしてしまった探偵、すでに半泣きである。
そして交番で調べてもその番地はわからなかった。
とりあえず近い番地を教えてもらい、聞き込みにはいるしかなさそうだ。

探偵はハードボイルド調にキャメルを一本灰にして、いよいよ仕事にとりかかった。

表札が本人のものでないことを確かめ、呼び鈴をならす。
本人にはこの調査について気取られてはいけないのだ。
何度か鳴らしても家人は出てこなかったが、ちょっと待っていたら外のほうから帰ってきた。
おそらくターゲットと同じくらいの年の主婦だ。これだけ近所なら仲良くしているに違いない。

「このおウチの方ですか?」やたら愛想のいいハードボイルド運送屋。
「…そうですが?(ちょっと怪しみモード)」
「なにがし運送(←勝手に運送屋を作ってみた)の者ですが、このあたりに××さんという
お宅はありますか?」
「ああ、××さんなら裏のアパートですよ」
おお!好感触!怪しみが消えた!なにがし運送の威力よ!
荷物を出す必要はなさそうだ。

「奥様は○○子さんとおっしゃるんですか?」
「名前は…どうだったかしら…ちょっとわからないわねえ…」
マブダチのくせに名前も知らんのかよ!おそらく普段「○○ちゃんのママ」とか呼んでるんだろう。
「荷物の転送があって調べてるんですけど…(運送屋で荷物の転送なんかすんのか!?)
関西から引っ越してきた人ですよね?」
「そうそう!大阪から来た人ですよ。」

ここまでわかれば殆ど本人!栃木に大阪人なんてめったにいない!

道路を回って裏手にくだんのアパートはあった。どこにでもあるたいしたことないアパートだ。
全部で4戸。このなかにターゲットがいるはずだ。
1階には2戸。表札は空白になっている。郵便受けには何も入っていない…。
2階にまわると、二つとも表札がでていたが、ターゲットのものではなかった。
…ということは一階の二つのうちのどっちかなのだ。
しかしこんな安普請のアパートでの聞き込みは危険すぎる。

荷物なら預かっておくと言われたらどうする?
こんな危険なモノを持ってくるんじゃなかったぜ。

私はデジカメを取り出し、再度2階にまわって一応表札の写真を撮っておいた。
1階の空白も撮っておくべきだろう。

あっ!こんな大事なところで「カードエラー」が!

これ、エラーが出ると消えるまで何度もカードを出し入れしなければならないのである!
くそぅ。3度目でエラーが消える。焦りまくる探偵。
もたもたしていると一階の片方の部屋のなかから人が出てくるような気配があった。
階段を上がり降りする音を不審に思ったのだろうか。
マズイ…!急いで表札の写真を撮り、駐車場に出る。

アパートの全景写真も撮っておきたいところだが、一人の女性が部屋から出てきてしまった。

こ…、こっち見てる…。

子供が二人ついてきている。
全景写真は後にすることにして、今度は東側を撮っておこうと、道路から遠回りして前面に出た。
怪しい一階部分は片方の部屋に大量の洗濯物がかけてある。
そしてもう一つはカーテンがかかって洗濯物がない。住んでいないのか?
そうだとすれば標的は一つにしぼられる。
でもただ出かけてるだけかもしれないしな。どうしてもどっちの部屋かはわからないわけだ。
さっきの女性が本人だとしたら聞くわけにもいかないしなあ。
考えこむ探偵。
やはり主婦に部屋番号を聞いておくべきだった。

さて、そろそろ女性も部屋に戻っただろう。玄関からの全景写真を撮らなければ。
前から裏に回るには、ちょっとした柵があって回れないようになっていた。

ま、こんな柵は俺様のような名探偵にとっては屁でもないぜ!
と、飛び越えると、なんとさっきの子供がこちらを凝視している!

オイ、見せもんじゃね~ぞ!
気付いたママも近寄ってくるではないか~。
私はなるたけそちらを見ないようにしていたが、彼女の視線が突き刺さってくるのが
痛いほど分かった。

わわわ、私ゃ、べつにあんたの子供を誘拐しようとしてるわけではないよ。
そのガキが柵を飛び越えるヘンなおねえちゃんにビックリしただけじゃないか…。

探偵、絶対絶命!

もうここには二度と戻って来れないだろう。今のうちに写真を!!
大胆にもママが近寄ってくるその間に写真を撮った。
こうまでなってもまだ撮るか!
見上げたプロ根性、だけどものすごくビビっている探偵。

そして後ろも見ずに走って逃げた!!
ひえぇ~怖かったよぅ;;。

追ってくる気配はない。
ハードボイルドを持ちなおすついさっきまでビビリまくりだった探偵。
トラブル・イズ・マイ・ビジネス。俺様に不可能はねーぜ。

落ちつきを取り戻した私は、多分ターゲットが毎日入り浸りだろうと思われる近くのスーパーの
写真も撮っておいた。

無事(?)聞き込み、写真撮影を完了。

そしてチョウ・ユンファばりに二本目の煙草にマッチで火をつけ、バッグの中の拳銃をにぎりしめた。
フッ。こいつを使わずにすんだだけでも今日のところは上出来だぜ。(←注:ウエットティッシュのこと)

哀愁をただよわせトレンチコート(←注:スキーウェアのこと)の襟を立てた探偵は、
乾いた都会のうらぶれた寝ぐらで、今夜もバーボンをあおることだろう。

―完―